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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)12454号 判決

原告

大谷松太郎

ほか一名

被告

大西繁幸

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、金六六万四四三〇円及びこれらに対する平成九年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その八を原告らの負担とし、その二を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らそれぞれに対し、金五〇〇万円及びこれらに対する平成九年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  訴訟の対象

民法七〇九条(交通事故、人身損害)、自賠法三条

二  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

(一)  交通事故の発生(乙一)

〈1〉 平成九年一〇月七日(火曜日)午前二時五五分ころ(晴れ)

〈2〉 大阪府和泉市富秋町二〇〇番地先路上(国道二六号線)

〈3〉 被告は、普通貨物自動車(和泉四一ぬ九八七〇)(以下、被告車両という。)を運転中

〈4〉 亡大谷稔(以下、亡稔という。)(昭和一八年九月二六日生まれ、当時五四歳)は歩行中

〈5〉 詳細は後記のとおりであるが、被告車両が横断歩道上を横断中の亡稔に衝突した。

(二)  責任(乙一、弁論の全趣旨)

被告は、前をよく見ないで進行したため、亡稔に衝突した過失がある。したがって、民法七〇九条に基づき、損害賠償義務を負う。

被告は、被告車両の保有者である。したがって、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。

(三)  死亡(甲一)

亡稔は、本件事故により、即死した。

(四)  相続(甲一)

原告らは、亡稔の父母である。

三  原告らの主張

原告ら主張の損害は、別紙一のとおりである。

四  争点と被告の主張

(一)  争点

過失相殺、逸失利益

(二)  被告の主張

亡稔は、酩酊のうえ、歩行者用信号が赤信号であるにもかかわらず横断を始め、被告車両と衝突した。したがって、亡稔には七割の過失がある。

亡稔は、アルコール依存症で、入退院を繰り返しており、本件事故当時は無職で、生活保護を受けていた。したがって、基礎収入は平均賃金の四割程度とすべきである。

第三過失相殺に対する判断

一  証拠(甲二、三、乙一ないし六、被告の供述、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故の態様

本件事故は、南北道路と東西道路が交差する交差点(富秋町交差点)で発生した。

南北道路は、片側三車線(交差点手前では右折車線が設けられて四車線)、一車線の幅員は約三メートルの道路である。中央分離帯が設けられている。

南北道路は、左右の見通しは悪いが、前方の見通しはよい。富秋町交差点には信号機が設置されている。最高速度は、時速六〇キロメートルに規制されている。

富秋町交差点の北詰と南詰には東西方向の横断歩道が設けられている。

(二)  被告の供述

被告は、警察官に対し、次のとおり供述をした。

被告は、助手席に知人の女性を乗せ、時速約一〇〇キロメートルで、南北道路の第三車線を走行し、富秋町交差点にさしかかった。富秋町交差点にさしかかるまでは、西取石五丁目交差点で赤信号で停止後発進し、その後、すべての交差点を青信号で通過した。

衝突地点の約一二四メートル手前で、対面信号が青信号であるのを見た。

衝突地点の約五二メートル手前で、助手席の知人に話しかけるため、脇見をした。

さらに約五二メートル進み、富秋町交差点の南詰の横断歩道上で、何かと衝突した。バーンという音がして、衝撃を感じた。左側フロントガラスが割れ、ガラスが車内に飛び散った。助手席の同乗者は、シートにもたれてぐったりし、返答がなく、顔から血を流していた。

被告は、人をはねたと思ったが、後記のとおり飲酒運転をしており、警察に届け出ると処分を受けることになるが、当時職業運転手であったため、処分を受ければ仕事ができなくなると思い、そのまま逃げた。携帯電話を持っていたので、いつでも警察に通報できたが、何も連絡しなかった。

被告は、そのまま走行し、知人に手当を受けさせるため、近くの病院に行ったが、診察を断られた。さらに、近くの消防署に行き、手当を依頼した。その後、病院に行き、そこで、緊急逮捕された。

(三)  走行実験

警察官は、被告の供述に基づき、次のとおり走行実験をした。

被告は、西取石五丁目交差点で先頭で信号待ちをした後、青信号で発進し、富秋町交差点まで青信号で走行したと供述したので、西取石五丁目交差点から発進した。

その結果、時速八〇キロメートルで走行した場合、いくつかの交差点で赤信号のため停止したが、富秋町交差点は青信号で通過した。

時速一〇〇キロメートルで走行した場合、いくつかの交差点で赤信号のため停止したが、富秋町交差点は青信号で通過した。

(四)  飲酒運転

本件事故後、被告から、呼気一リットルにつき〇・四ミリグラムのアルコールが検知された。

(五)  亡稔の飲酒

本件事故後、亡稔の血中アルコール濃度は、一ミリリットル当たり二・五ミリグラムであり、高度の酩酊状態であった。

二  これらの事実をもとに検討する。

(一)  被告は、警察官に対し、一貫して、交差点進入前ではあるが、対面信号が青信号であったと供述している。そして、交差点に進入するときには脇見をして衝突したと不利益な供述をしていることを考え併せると、青信号であったとの供述もあながち信用できないわけではない。また、夜間に、幹線道路を、助手席に知人を乗せて走行していたことを考えると、信号無視や信号の見落としがあったとは考えにくい。

したがって、一応、被告の対面信号が青信号であったと認められる。

(二)  しかし、被告の対面信号が青信号であったことを裏付ける客観的な証拠はなく、青信号であるとの心証は決して確かなものではない。

つまり、警察の走行実験によれば、被告は富秋町交差点を青信号で通過したことになるが、これは、西取石五丁目交差点で青信号に変わってから発進したこと、速度が時速一〇〇キロメートルまたは時速八〇キロメートルで、かつ一定の速度で走行したことなどの被告の供述を前提としている。しかし、この前提を裏付ける確かな証拠はない。

かえって、この走行実験によれば、被告は富秋町交差点に至るまでに赤信号で停止したはずであるが、被告は、警察官に対し、西取石五丁目交差点を発進してから赤信号で停止していない旨を供述している。

(三)  他方、被告は、飲酒運転であり、飲酒の量も多い。しかも、制限速度を大幅に越え、交差点進入時に脇見をしている。さらに、人をはねたと気づきながら、救護をしないで、現場から逃走し、警察への通報をしていない。

これらの事情によれば、被告の行為はきわめて悪質であるといわざるを得ない。

(四)  したがって、事故の態様、事故前後の経過、損害の公平な分担を考えると、亡稔が赤信号であるにもかかわらず横断を始めていたとしても、被告の責任がきわめて大きいというべきである。

したがって、また、過失割合は、亡稔が二、被告が八とすることが相当である。

第四逸失利益に対する判断

一  証拠(甲四、五、乙五、七ないし九)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  亡稔の就労状況

亡稔は、転職を繰り返していたが、昭和五一年一〇月一八日から平成元年一月八日までは大興電気株式会社、同年八月一七日から平成三年一月一八日までは旭精工株式会社、同年一一月二一日から平成五年四月六日まで(ただし、後記のとおり、平成四年四月からは入院している。)は山内鉄工株式会社に勤務していた。

退職後は、生活保護を受けていた。

(二)  亡稔の健康状態

亡稔を診察していた医師は、次のとおり述べている。

亡稔はアルコール依存症(抑鬱気分を伴う。)と診断された。

亡稔は、中学卒業後、鉄工所、電気関係の仕事に就いていたが、徐々にアルコール飲酒量が増え、鉄工所に勤めていた平成四年四月、病的酩酊状態になって、診察を受け、入院した。これ以降三回の入院歴があるが(平成四年四月から七か月、平成六年一月から八か月、平成七年二月から一一か月)、退院後は、アパートで一人暮らしをして、規則的に、外来、デイケアーに通院、通所している。最後の退院(平成八年一月)以降は、断酒、節酒がうまくいき、病状は比較的安定し、約二年間、外来治療でコントロール可能な状態が続いていた。本件事故の直前も、デイケアーに積極的に参加し(平均週三回)、作業も比較的熱心であった。就労意欲もみられ、社会復帰に向けて、通院、通所以外の日は、職安などで職探しをしているようであった。

二  これらの事実によれば、亡稔は、これまで転職を繰り返していたこと、アルコール依存症となり、本件事故当時は無職で、生活保護を受けていたこと、具体的に就職先が決まっていなかったこと、しかし、症状は安定していたし、就労意欲もあり、職探しをしていたことが認められる。

そうすると、亡稔が平均賃金を得る蓋然性があったとまでは認めがたいが、まったく就労の可能性がなかったというべきでもない。

したがって、逸失利益は、平均賃金の五割相当額を基礎収入とすることが相当である。

第五結論

したがって、原告らの損害は、別紙二のとおりである。

(裁判官 齋藤清文)

10-12454 別紙1 原告ら主張の損害

1 葬儀費 120万0000円

2 逸失利益 3542万7654円

(1) 基礎収入は、賃金センサス721万4600円

(2) 生活費控除は50パーセント

(3) 期間 ホフマン係数9.8211

3 慰謝料 3000万0000円

4 弁護士費用 100万0000円

5 既払金(自賠責) 3000万2200円

既払金控除後 3762万5454円

内金請求 各500万0000円

10-12454 別紙2 裁判所認定の損害

1 葬儀費 120万0000円

2 逸失利益 1771万3827円

(1) 基礎収入は、賃金センサス360万7300円

(2) 生活費控除は50パーセント

(3) 期間 ホフマン係数9.8211

3 慰謝料 2000万0000円

合計 3891万3827円

過失相殺(被告8割)後 3113万1061円

既払金(自賠責) 3000万2200円

既払金控除後 112万8861円

弁護士費用 20万0000円

合計 132万8861円

相続分 66万4430円

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